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前橋家庭裁判所 平成元年(家)400号 審判

申立人 大井田康次郎

相手方 大井田恵 外7名

主文

被相続人大井田喜久雄所有の仏壇、仏具及び墳墓として墓石1基、その他に被相続人が有する○○市字○△×××番×墓地187平方メートル(所有者原田賢二)のうち6.06平方メートルにつき永代使用権の承継者を申立人と定める。

理由

第1申立の要旨

1  被相続人大井田喜久雄(以下「被相続人」という。)は、昭和63年8月25日死亡し、申立人及び相手方らが相続人となった。

2  被相続人は、祭祀財産として、系譜、仏壇、位牌、仏具及び墳墓として墓石1基を所有し、その他に○○市字○△×××番×墓地187平方メートル(所有者原田賢二)のうち6.06平方メートルにつき永代使用権(護持費年額7000円)を有していた。

3  被相続人は、死亡前2月前ころから、自宅で、祖先の祭祀を主宰すべき者について「なあ、康次郎、俺が死んだら喪主になってくれ。お墓は無縁仏になっちゃうから守ってくれ。」と、申立人を指定していた。

4  ところが、相手方久一は長男であることを理由に、また相手方仁一は慣習に従うことを理由に、被相続人の祭祀財産の申立人への承継を争い、その他の相手方(相手方吾一を除く)もそれぞれ右承継を争って、その引渡を拒んでいる。

5  よって、祭祀財産の承継者の指定を求める。

第2当裁判所の判断

1  本件記録によれば、申立の要旨1記載の事実、被相続人が祭祀財産として、仏壇、仏具及び墳墓として墓石1基を所有し、その他に○○市字○△×××番×墓地187平方メートル(所有者原田賢二)のうち6.06平方メートルにつき永代使用権(護持費年額7000円)を有していた事実が認められる。

2  次に、申立人は被相続人が申立人を祭祀の主宰者と指定した旨主張するので、この点について判断する。

(1) 申立人、相手方大井田恵、同大井田久一、同大井田仁一、同大井田吾一、同大井田富士子及び証人梅木アオイの各審問の結果、家庭裁判所調査官作成の調査報告書及びC19号証を総合すれば次の事実が認められる。

被相続人は元来家業として飲食業を営んでいたものであるが、その後継者として、長男である相手方大井田久一が昭和38年ころ家を出て別居したこともあって、二男である相手方大井田仁一を考えていた。そのため同人に対して家業を手伝わせ共に飲食業を営んできた。また、被相続人は、男子たる申立人、相手方大井田久一、同大井田吾一及び同大井田昭司には自己の菩提寺である○○○宗の○△寺に墓地(永代使用権)を取得させが、同大井田仁一には、独自の墓地の取得をさせなかった。昭和62年9月27日家業の法人組織たる有限会社大井田商店の社長たる地位を譲った。この段階では、被相続人は同人を稼業の承継者としてだけではなく祭祀財産の承継者としても考えていたものと推測される。

(2) しかし、相手方大井田仁一は同大井田恵に勧められたこともあって、○○○会が○○市に造成した○○○○○○○墓苑の中に自分の墓石付の墓地を取得した。その事実を知った被相続人は、相手方大井田仁一が自己の祭祀の承継をしてくれないのではないかとの疑いを持つようになり、その不安から申立人に対して、雑談の中で、大井田家の墓を守るように話すようになった。

(3) 昭和63年4月20日被相続人、申立人、相手方大井田吾一及び梅木アオイは○○県の○○寺に参り、そして帰途○△県の○○の仏具店で仏具の買い物をして、被相続人の自宅に帰宅し、その直後自宅において、被相続人は申立人に、墓を申立人において守って欲しい旨述べた。

(4) そこで、上記昭和63年4月20日の被相続人の申立人に対する発言が民法897条1項但し書の「被相続人の指定」に該当するかを検討する。

上記指定は、特定の方式を必要とはしないが、いわば人の死後に効果を生ずる場合が原則である意思表示であるから、表意者の真摯さ、表示内容の明確さにおいて、一般の意思表示より慎重にその存在を判断すべきものと考える。

本件について考えると、被相続人は、自己の祭祀承継者と期待していた相手方大井田仁一が、その固有の墓地を購入したことを知り、同人が被相続人の墓地の承継の意思を持たなくなったのではないかと思い失望したことは容易に推測できる。その結果、被相続人は、それまでの間比較的順調に交際ができていた三男の申立人を自己の祭祀主宰者と考えたとしても不自然ではない。

また、上記昭和63年4月20日の被相続人の発言は、妹の梅木アオイ、息子の申立人、相手方大井田吾一とともに、いわゆる寺参りをし、その後に仏具店にまわってきた後のものであることは、被相続人が自己の死後のことを真剣に考えた結果であることがうかがえる。さらに、それは上記相手方大井田吾一の同席する際になされた発言であるから、明確であることも明らかであり、「墓を守ってくれ」とは「祖先の祭祀を主宰すべき者」の指定と解することができる。

3  以上認定のとおり、本件は、民法897条1項但し書の「被相続人の指定に従って祖先の祭祀を主宰すべき者」が存在することになる。

被相続人の祖先の祭祀を主宰すべき者の指定の存在が認められる場合の、祭祀財産の承継者の指定を求める申立に対する家庭裁判所の審判の内容については、申立を却下すべきであるという考えと、その被相続人の指定に基づいて祭祀財産の承継者を指定すべきであるとの考えとに議論が分かれるところであるが、当裁判所は、「被相続人の指定に従って祖先の祭祀を主宰すべき者」が存在すると認定した場合は、家庭裁判所は、それに基づいて祭祀財産の承継者を指定する旨の審判をなすべきであると考える。その理由は以下のとおりである。

(1) 上記のような場合家庭裁判所が申立を却下すると、結局紛争は解決することなく、再度被相続人の指定の存否を前提とした争いが地方裁判所または簡易裁判所に持ち込まれる可能性が高く、そこでの再度の判断を待たねばならないということで訴訟経済に反する。

(2) 被相続人から祭祀を主宰すべき者と指定されたと主張し、他から争われているものは、その主張をするための裁判手続として地方裁判所または簡易裁判所での所有権確認等の訴訟を提起することを選択すべきか(これを選択して、訴訟において上記被相続人の指定の存在が認められなかった場合は、更に家庭裁判所に祭祀財産の承継者の指定を求める審判を申し立てることになる)、それとも家庭裁判所に祭祀財産の承継者の指定を求める審判を申し立てることを選択すべきか(家庭裁判所の審判においてその指定の存在が認められるとその申立は却下される)、極めて困難な選択を迫られることになる。

(3) 現実の事件処理において、家庭裁判所が祭祀財産の承継者を指定する場合には被相続人の意思は重要な要素になるが、ある事実が「被相続人の指定」であるとまでは認められなくとも、被相続人の意思を推測する重要な事実と認定できることが多い。そうなると、相続人の指定を認められる場合とそこまではいかないが被相続人の意思として尊重されるべき事実が認められる場合とは、いわば程度の問題で、その限界は明確に区別しがたいものが一般である。それにもかかわらず全く別個の手続をとらなければならない特段の理由はない。

4  なお、申立人は、仏壇、仏具等の引渡を求めており、それらは相手方大井田富士子が保管管理されていることが認められる。それらは元来現在保管されている場所に置かれていたものであり、申立人がその場所に入ることを上記相手方大井田富士子が拒んだ事実は認められないし、本審判により当事者間での任意履行が期待されないでもない。また、申立人は、上記仏壇等なしで被相続人の法事を独自に行った事実も認められ、祭祀の主宰に直ちに必要不可欠ともいえないので、現段階で引渡を命ずることまでの必要性は認められない。

よって、主文のとおり審判する。

(家事審判官 鈴木航兒)

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